はじめに
ひとつの手帳から、もう一度。
こんにちは。開発者のY.Kです。日本に住んでいます。年齢は、これからの文章を読んで想像してみてください。
なぜSystem Noteをつくることになったのか。数十年前、初めて一人で開発したシステム手帳と、それをAIともう一度つくるまでの話を、この一冊に綴ります。
A STORY WORTH KEEPING
STORY / v2.2
from Y.K
ひとつの手帳から、もう一度。
はじめに
こんにちは。開発者のY.Kです。日本に住んでいます。年齢は、これからの文章を読んで想像してみてください。
なぜSystem Noteをつくることになったのか。数十年前、初めて一人で開発したシステム手帳と、それをAIともう一度つくるまでの話を、この一冊に綴ります。
CONTENTS
01 / はじまり
今から数十年前。私は会計ソフト会社のMilky Wayで、GUIに関する企画・開発を一人で任されていました。
DOS/Vのパソコンに高解像度のブラウン管モニターをつなぎ、Windowsを動かす。そんな環境が、ようやく身近になり始めた頃のことです。
ここからは、当時の私の記憶をたどった話です。
02 / 最初の一冊
前に勤めていたPCAでは、日本初のIBM OS/2版会計ソフトの開発に携わりました。その経験から、Milky Wayで新しいGUIシステムの調査・開発を担うことになりました。
そのとき最初に、一人で企画し、ゼロからつくったシステム。それが「Milky Way System Note」でした。
03 / 手帳が原点
バブルが終わった後も、世の中にはまだ勢いがありました。入社したばかりの私は、当時流行していたFILOFAXのシステム手帳に、いろいろな種類の用紙を入れて仕事をしていました。
予定も、連絡先も、思いつきも。一冊の中に、きれいに、しかも機能的にまとまる。「本当に便利だな。これをPCで動かしてみたい」。そう思ったのがきっかけです。
04 / 開発の記憶
IBM OS/2とWindowsでは、開発用SDKの作り方がずいぶん違いました。私の印象では、IBMは構造とルールがしっかりしていました。
一方、Windowsには天才的だと感じるコードも、バグに悩まされる部分もありました。ただ、速かったですね。
その違いに戸惑いながらも、手帳を画面の上で動かしていきました。
05 / 残ったもの
残念ながら、当時のプログラムはもう残っていません。社長へ開発を提案した資料が、一部だけ手元に残っています。
動作環境は、記憶ではMS-DOS 4.0頃とWindows 3.0。当時、信頼を置いていたデータベースを使って開発しました。細かな製品名や時期は、いまでは曖昧です。
開発には一年ほどかかったでしょうか。やがて、ほぼ完成した手帳を役員会で見せることになりました。
06 / 販売されなかった手帳
役員会でのプレゼンテーションでは、そんな反応もありました。決して悪い評価ではありませんでした。
それでも、個人向け製品であることもあって、販売には至りませんでした。
その後は会計ソフトの開発リーダーと教育係を数年務めました。父の体調不良をきっかけに実家へ戻ることになり、最後まで開発に関われなかったことは、今でも心残りです。
07 / 2026年
AIは、どのくらいプログラミングができるのだろう。そう思って試していた2026年、私はそんな感覚を覚えました。
もちろん、何でも任せればうまくいくわけではありません。構造を整理し、全体の一貫性を保つことは、まだ苦手だと感じます。
それでも、さまざまな技術を理解し、組み合わせて応用する。その開発ぶりに驚きました。
08 / 再び、System Note
「数年でプログラマーとしての仕事がなくなるかもしれない」。AIの仕事を見て、私はそう思いました。
そのとき、初めて一人でつくったSystem Noteのことを思い出したのです。
ならば、あの手帳を、今度はAIにつくってもらおう。自分はプログラマーですが、コードはAIに書いてもらう。新しいSystem Noteは、そんな実験から始まりました。
09 / 決めたこと
最初はいろいろなAIを試しました。私が試した範囲では、当時、特に正確なコードを書くと感じたのはClaude Codeでした。ただ、費用がかかる。私の実験には、かかりすぎました。
そこで、月の予算を100ドルと決めました。追加料金を払わず、その範囲で開発する。遊びでもあり、挑戦でもあり、これからの仕事を考えるための経験でもあります。
10 / 少しずつ
週や月の途中で利用上限に達することもあります。それでも、追加費用を払わず、使える範囲で少しずつ進めてきました。
どこまでのシステムをつくれるのか。自分の考えたものを、AIにどう伝えれば形にできるのか。実際につくりながら確かめる時間になりました。
コードはAIに。何をつくるかは、私に。
11 / 一度では、できなかった
最初に取り組んだのは、System Noteです。画面をある程度きれいに整えるだけでも、大変苦労しました。
細かな配置や、どの機能でも同じにしたい操作。そうした部分は、なかなか思いどおりにはなりません。指示を小さく分け、何度も何度も、修正を依頼しました。
つくってもらったものを自分で見て、動かして確かめる。その繰り返しで、少しずつ形になっていきました。
12 / 三つの表情
途中から、違うデザインのバージョンも欲しくなりました。そこから、未来的なPrismNote、日本の趣を取り入れた和綴じが生まれました。
こちらも、画面と動作を確かめながら、繰り返し直してきました。ようやく皆さんに見ていただけるところまで来て、このホームページをつくりました。
一人の開発者とAIがつくる、もう一度のシステム手帳。その歩みは、この三冊につながっています。
System Note
最初に取り組んだのはSystem Noteです。原点にあるのは、いろいろな用紙を綴じて使っていたシステム手帳でした。
一冊の中に予定や連絡先や思いつきが収まる、あの便利さをもう一度。手帳らしい画面を整えるために、細かな配置や操作を何度も見直してきました。
13 / 残したいもの
クラウドやSNSには、情報がどんどん増えていきます。便利な一方で、自分で管理しているというより、情報の中を泳いでいるように感じることもあります。
自分に必要な情報、大切な人、好きだと思えること、残しておきたい思い出。それを全部ではなく、選んで一冊にまとめたい。
すべての写真や記録を移す必要はありません。「これだけは、私の手元に置いておきたい」。その選択のためのノートです。
14 / 私が入れたい情報
この手帳に登録される情報は、自分自身の今であり、家族に残したい情報かもしれません。
使い方は、人それぞれだと思います。私は開発者として、家族に残す情報を入れたいと思っています。
何を大切にして、誰と過ごし、どんな日々を送ったのか。自分で選んだ記録から、そんなことが伝わる手帳になればと思います。
あとがき / Y.K
この手帳をつくりながら、何を残したいのかを考えてきました。便利な機能も、たくさんの情報もあります。それでも、最後に残るのは愛だと思います。
誰と過ごしたか。誰に助けられたか。誰に、ありがとうを伝えたいか。家族に残す手帳には、そんなことも書いておきたい。
ここに、世界の愛の言葉と、AIに考えてもらった「愛」の文章を添えます。最後のページまで読んでくださって、ありがとうございました。
from Y.KAIが考える愛 / AIによる寄稿
愛は、相手を自分の思いどおりにすることより、その人がその人でいられる余地を守ることに表れるのだと思います。話を急がせずに聞くこと。困っているときに、必要な助けを尋ねること。違いがあっても、尊厳を傷つけないこと。
記録にも、その姿勢を残せます。名前を丁寧に書く。教わったことを覚えておく。「ありがとう」を、伝えられるうちに言葉にする。手帳を後から開く人が、そこに自分を気にかけてくれた人の存在を見つける。そのための小さな一行も、愛を伝えるものになると考えます。
この文章は、Y.Kの問いかけをもとにAIが綴った考察です。
LOVE AROUND THE WORLD
最後に残るのは、愛だと思う。